東京三組所属の11ケ寺の案内ページです。詳細については各寺院の専用ウェブサイトをご覧ください。
寛永年間(1625~1645年)に現在の駒込の地にあったようです。もとは現在の日本橋にあたりに平松町という地があり、こちらに所在していました。建立者は高田教元といい、その素性は大垣藩初代藩主の戸田氏鉄(とだうじがね)という安土桃山時代から江戸時代前期の武将の家来であったということです。現在の伽藍は東京大空襲により罹災後、再建されました。昭和20年代に客殿・昭和37~8年に本堂の再建が成されました。
東京都文京区本駒込2-19-2
TEL 03-3941-1671
開基は近藤賢秀といい、三河国(現愛知県岡崎市)の円立寺(えんりゅうじ)の出身。江戸時代初期の寛永年間に江戸へ来り、中島三右衛門より土地の寄進を承けて寛文12年(1672年)に創建。東京大空襲で罹災全焼し、戦後再建。墓地には文京区教育委員会の特志解剖第1号史跡として、美幾女(みきじょ)の墓が指定されています。我が国で初めての病死体解剖に自らの身体を提供することを希望された方です。渡辺淳一氏の小説『白き旅立ち』には先代住職とともに美幾女の話が登場します。
東京都文京区白山2-9-12
TEL 03-3811-6625
平安時代中頃の969年に創建。当初は真言宗寺院であったようです。鎌倉時代に親鸞聖人が関東から京都への帰途にお立ち寄りなり、そのご縁で浄土真宗へ改宗し、現在に至ります。善仁寺には「親鸞聖人手掘りの井戸」と伝わる井戸が現存しており、「極楽水」という名の銘水で知られています。伽藍は東京大空襲により罹災全焼し、昭和28年に再建、山門は平成元年に完成。梵鐘は香取正彦(1899~1988/人間国宝)による作です。
東京都文京区小石川4-13-19
TEL 03-3811-4803
ご開山は本願寺第八世の蓮如上人。創建は室町時代の文明3(1471)年。元は江州(元滋賀県)堅田新在家に建立されましたが、寛永4(1627)年に三河大塚の地へ移り、本法寺と称することとなりました。延宝3(1675)年に江戸の地へ移り、宝永2(1705)年に現在の小日向の地へ移りました。夏目漱石ゆかりのお寺としても知られています。夏目家累代の墓地があり、『坊ちゃん』には本法寺をモデルとした寺が登場します。
東京都文京区小日向1-4-15
TEL 03-3941-5316
慶長年間(1596~1615)に創建。もとは神田にあったお玉ケ池の隣に建立されましたが、後に現在の地(台東区池之端)へ移りました。ご開山は東本願寺第13世の宣如上人が関東をお廻りにいらしたときにお弟子となった方(釋了意)です。現在の近代的なお堂は平成2年に再建されました。ご本尊は恵心僧都(942~1017)作と伝わり、京都の仁和寺の御内仏として安置されていました。
東京都台東区池之端1-2-2
TEL 03-3831-2877
寛永年間、本願寺第12世教如上人のご長女、教證院釋如頓禅尼の庵室、隠居処であったことから始まります。教證院の25回忌にあたり、実子の公海僧正(こうかいそうじょう)の本願寺への懇請が叶い、寛文7年(1667)教證院を開基として真宗大谷派の教證寺として創建されました。明治42年に建てられた本堂と明治36年に建てられた客殿は戦災を免れ、平成22年に国の有形文化財として登録されています。本堂は土蔵造平屋建の特殊な建築、客殿は不忍池が見渡せるよう入母屋造(いりもやづくり)に木連格子(きつれこうし)で明治の貴重な遺構です。
東京都台東区池之端1-2-5
TEL 03-3821-4151
創建は寛永3(1626)年。渡邉重綱(徳川家康直臣)が20歳という若さで亡くなった忠綱(三男)を弔うために建立しました。建立当時は神田駿河台の邸内にありましたが、大火により焼失。それを機に寛永6(1629)年に現在の地へ移りました。『渡邉の綱』のゆかりの寺として知られています。平安京の羅城門の鬼退治をした源綱(?~1025)のことです。また、『槍の半蔵』のゆかりの寺でもあります。三河八幡の戦い(1562)で徳川家家臣であった渡邉守綱のことであり、槍の名手として活躍しました。その息子が開基の重綱です。
東京都台東区池之端2-5-43
TEL 03-3821-4900
創建は元和5(1619)年。元は湯島のあたりにありましたが、天保10(1839)年に現在の地へ移りました。開基は了把(りょうは)権律師(ごんりっし)。度々類焼に見舞われました歴史があります。また、開基が山名宗善であるという寺伝があり、そこには「往古三州にあり」と記載されています。三州とは三河国の別名であり、現在の東海地区を指します。三河より江戸へ移ってきたということも考えられています。ご本尊は安阿弥とも記載されており、これは鎌倉仏師を代表する快慶の異名です。現在のご本尊と同一であるかが不明とのこと。
東京都台東区谷中1-7-31
TEL 03-3821-1761
開山年は慶長18(1613)年。もとは神田片町(現万世橋あたり)にありましたが、御用地として召し上げられたり、移転先で火災に遭うなどの苦難を経て、宝暦11(1761)年に現在の地へ移りました。開基は加賀の守護、富樫正親(1455~1488)の一族である、黒谷山城主の富樫政昭であると伝わっています。開山の釋宗閑は石山合戦(1570~1581)の際に、本願寺直参をしていた教念の孫であり、初期真宗教団と深い関りがある歴史をもっています。第11世住職の寺田福寿(1853~1894)は福沢諭吉や金玉均との親交があったことでも知られています。
東京都文京区向丘2-26-9
TEL 03-3824-0054
ご開山は源義家(1039~1106)の末流で俗名を源権之亟義持 といい、親鸞聖人に深く帰依した篤信者。専西坊の法号で、鎌倉雪ノ下の地に草庵を結び一向山専西坊と名付けられました。これが専西寺の起こりです。その後、江戸(本郷三丁目)へ移り俗名、青木勘次郎を開基に迎え改めて一向山専西寺と号しました。寛永3(1627)年のことでした。第三世の天和2(1682)年に類焼に遭い、寺域を召し上げられ、寺号も取りつぶされる事態となりました。その後、天禄5(1692)年、専西寺再興の申請が成り、再建されました。享保3(1718)年、現在の地に移りました。第二次世界大戦の戦火により罹災全焼し、昭和31年に本堂を再建、平成18年に本堂修復し現在に至る。
東京都文京区向丘2-28-9
TEL 03-3821-1835
創建は昭和54(1979)年。現住職の細谷住職が開基です。東京三組の宗善寺にてご法務に携わり、京都大谷専修学院を経て、寺院活動を開始しました。平成4年にご本尊を賜り安置。ご本堂は建物2階です。元は東京都足立区内の別の地に開かれましたが、昭和62年(1987)年に現在の地へ移りました。ご住職は毎月「感話ハガキ」を送られ、日々の感じたことを発信しておられます。
東京都足立区西綾瀬3-30-14
TEL 03-3849-6883